寄席に行ってみました!
2025.12.12
子供の頃、テレビのお笑い番組が好きでした。土日の昼は落語家が出演する演芸番組が花盛りでした。
今も放送している「笑点」の他に、「大正テレビ寄席」、「日曜演芸会」、「やじうま寄席」、「お好み演芸会」と演芸番組のオンパレードです。自分はそんな演芸番組をはしごして見ている子供でした。特に好きなコーナーは大喜利です。「笑点」以外の番組でも大喜利をやっている番組が多数ありました。大喜利に出ている落語家は自分にとってスターでした。
東京には、そんな落語家がいつでも見ることが出来る「寄席」というものがあると聞きました。埼玉のお笑い好きな田舎者にとって「寄席」は憧れの場所でした。大人になったら、行こうと固く心に誓っていました。
東京で一人暮らしをして、初めての誕生日、この特別な日にこそ寄席に行こう。そう心に決めてからの毎日はときめきました。
演劇雑誌「ぴあ」の地図を見て、1982年2月21日(日)、2月末席、新宿の末廣亭に行きました。ビルや飲食店の立ち並ぶ新宿という都会のジャングル。その中にタイムスリップしたように現れた江戸風の建物。それが末廣亭でした。
主任の古今亭圓菊師匠(先代)の休演が告知されていました。えっ! 休演ということはどうなるの? と一瞬、思いましたが、その後に代演とあり、林家こん平師匠の名前がありました。あっ! 笑点に出ているこん平師匠だ! とテンションが上がりました。ミーハー落語ファンであったので、名人と呼ばれる人よりも、テレビに出ている人の方がうれしかったのです。
前から3,4列目位のところに席を取り、高座を見ながら待っていると。次から次へと落語家が登場します。前座の後の二つ目の小八(後の柳家喜多八師匠)さんの落語が抜群に面白くて、後で調べたら、「不精床」という噺でした。テレビで見て知っている人(桂小益師匠-現・桂文楽師匠、柳家小せん師匠-先代・三遊亭圓窓師匠ら)、初めて見る人など、様々な落語家が登場。それぞれ特徴があって面白く、まるでおとぎの国のパレードみたいです。そして、主任のこん平師匠が登場します。
師匠の三平師ゆずりの小咄の羅列ですが、あの大きい声で、客席を睨みながら落ちを言うと、どうしても笑ってしまいます。三平師匠とは違うこん平スタイルです。寄席の面白さはライブの面白さでした。
本当にいろいろな面白い人を見ることが出来ました。充実した誕生日でした。そして、たまにですけど、寄席に行くようになりました。笑いって、ライブって、面白いな。ここら辺、ラッパ屋にも通じています。




