佐山さんの輝く夜に
2019.08.30
日本を代表するジャズピアニストの一人でもある佐山雅弘さんと初めて仕事をしたのは、2008年、北九州芸術劇場で「裸でスキップ」のリーディング公演をした時だった。プロデューサーの能祖将夫さんが引き合わせてくれたのだ。ラッパ屋で初演した脚本を地元の俳優たちが朗読劇で演る。僕が演出して佐山さんが生演奏する、という企画。
最初の打ち合わせから僕らは気が合った。稽古場のピアノの前でBGMやブリッジ音楽の相談をする。「ここはビル・エバンスっぽくエレガントにいきたいんですけど」「いいですねー、こんな感じ?」。僕のアイデアを佐山さんはすぐ音にしてくれる。「ここはちょっとサスペンスっぽく。『ピンクパンサー』みたいな」「ヘンリー・マンシーニ、いいですねー」。
僕は音楽が好きで佐山さんは芝居や映画が好きだから話は尽きない。陽気で、粋で、サービス精神がたっぷりで。大きなダミ声でガハガハ笑う。「クレイジーキャッツにいた人みたいだな」と僕は思った。そして、その時すでに、この人とまた何かやりたいな、と思ったことを覚えている。
稲垣吾郎君を主演にコンパクトなミュージカルをつくろう、という企画の話があった時、音楽監督として真っ先に思い浮かべたのは、佐山さんのガハガハ笑う顔だ。「いいですねー」と佐山さんは引き受けてくれて、凄いバンドのメンバーを集めてくれて、2012年、「恋と音楽」という作品ができた。舞台は好評で以降、2014年の「恋と音楽Ⅱ」、2016年の「恋と音楽FINAL」と計3本のシリーズが製作されることになる。
「Ⅱ」の直後、佐山さんの病気が発覚した。でもバイタリティ溢れる佐山さんは、闘病生活をしながらも、作曲や演奏活動を精力的にこなした。「FINAL」の時には、長くピアノを弾いているとちょっとしんどそうだったけど、素晴らしい音楽をつくってくれた。
そして去年の夏、「恋と音楽」シリーズの延長線上にある「君の輝く夜に FREETIME,SHOW TIME」が京都劇場で上演された。吾郎君、僕、佐山さんという主演・脚本演出・音楽監督のトリオは同じだけど、ピアノ演奏はご子息の佐山こうた君が担当した。(6月のラッパ屋公演「2.8次元」を観てくれた方は覚えてるでしょ?ピアノを弾いていた愛嬌たっぷりの彼です)。佐山さんは作品自体を気に入ってくれて、ずっと京都に滞在して毎日舞台を観てくれた。その時はバンドのメンバーと飲みに行ったり、京都のライブハウスでソロライブをやったり(素晴らしいライブです。YouTubeで探してみて)、まだまだ元気だったのだ。
でも、秋に、亡くなってしまった。
僕が最後に会ったのは、亡くなる一週間前、ご自宅にお見舞いに行った時。枕元でやっぱり音楽の話をした。「YouTubeの演奏を聴いて、僕、佐山さんの好きなピアニストのトップ3、わかりましたよ。エバンスとチック・コリアとオスカー・ピーターソンでしょう?」と言ったら、「エバンスは勉強。キース・ジャレットのほうが好きだね」と佐山さんは言った。
枕元の棚にはLPレコードがきれいに整頓されていた。あの中にはエバンスもあったに違いないんだけどね。
「君の輝く夜に FREETIME SHOWTIME」は、ミュージカル作品として佐山さんの遺作になった。音楽好きの僕が言うんだから間違いない。この作品の音楽は佐山さんの大傑作だ。ジャズもポップスもミュージカルもクラシックも、さまざまな音楽を研究し、遊び心いっぱいの佐山さんだからこそ生み出せた多様性と意外性がある。おかげで舞台はとびきりお洒落でユニークな、最上の「大人のエンターテイメント」になった。
この舞台が8月30日から9月23日まで、東京の日本青年館ホールで上演される。吾郎君をはじめとするキャストのパフォーマンスも素晴らしいし、生バンドの演奏もゴキゲン。演劇ファンにも、ミュージカルファンにも、音楽ファンにも、そしてラッパ屋をいつも応援してくれる皆さんにも観てほしい。佐山さんがいなくなったのはほんとに淋しいけど、最後に最高の仕事ができたから良かった。それぐらいの舞台です。是非!